新規ブログの作成が受付出来なくなりました。
その前からブログを持っている場合は継続して使えるようだけど、これもいつまで続くか――
やっぱりSNSに押されいる所為かな?
2022年11月22日
2020年11月03日
凄い! 約1年放置のブログ「生きています」
気が付けば一年近くこのブログを放置しておりました。申し訳ありません。
それというのもtwitterに代表されるSNSが手軽でより多くの人たちに伝わるからです。ですが、SNSの宿命か短文になってしまい、意図が完全に伝わる訳では有りません。
そうなるとブログになる訳ですが、こちらも中々思うように行きません。個人のブログだと尚更です。
それはさておき「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」にどっぷりハマりエヴァンゲリオン以外で初めて二次創作小説を書きました。
タイトルは「LOVE IS HERE 愛の降る島」です。
頒布先は以下になります。是非、ご一読を!
とらのあな
https://ecs.toranoana.jp/tora_d/digi/item/042000025390/?sns=tw
メロンブックス
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=743316
DLsite
https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ305460.html
それというのもtwitterに代表されるSNSが手軽でより多くの人たちに伝わるからです。ですが、SNSの宿命か短文になってしまい、意図が完全に伝わる訳では有りません。
そうなるとブログになる訳ですが、こちらも中々思うように行きません。個人のブログだと尚更です。
それはさておき「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」にどっぷりハマりエヴァンゲリオン以外で初めて二次創作小説を書きました。
タイトルは「LOVE IS HERE 愛の降る島」です。
頒布先は以下になります。是非、ご一読を!
とらのあな
https://ecs.toranoana.jp/tora_d/digi/item/042000025390/?sns=tw
メロンブックス
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=743316
DLsite
https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ305460.html
2019年11月28日
後のちりめん問屋のご隠居と自浄作用
「水戸黄門」という娯楽時代劇をご存じだろうか? 今は娯楽時代劇が作られていないので知らない人のも多いだろう。
あらすじを書くと、水戸藩主・徳川光圀が隠居して水戸光圀と呼ばれるようになり、素性を隠しお供を連れて諸国を漫遊し、行く先々で遭遇する悪大名と悪商人の癒着や収賄を暴いて退治するという勧善懲悪の娯楽時代劇である。知っている人も居ると思うが東映なのでアクションや音楽は特撮譲りだったりするのでこれもまた痛快さを増す。
今日はたまたま、母が録画した二代目黄門さま、西村晃のを見ていてやはり脚本も演出も良いのでついつい一緒に最後まで見てしまった。
舞台は「暴れん坊将軍」こと徳川吉宗を送り出した御三家の紀州でしかも90分スペシャルだった。お供の助さん格さんに八兵衛、風車の弥七に由美かおる(役名はお銀だが何故か俳優名でしか呼ばれない(苦笑))らのレギュラー陣に加えエキストラも豪華キャストだ。
それで悪大名と悪商人を毎度毎度懲らしめて最後に葵の紋の印籠を出し、素性を明かすと悪漢は平服して一件落着、めでたしめでたしで終わるのが普通なのだが今日見た話しはちょっと違っていた。
悪大名とその部下を助さん格さん、弥七に由美かおる(笑)が懲らしめて、そろそろ印籠の登場かなと思ったら、突然、白たすき掛けに刺股を手にした数人の男たちを引き連れた役人が登場したしのだ。そしてその役人が「静まれ、静まれ、静まれい!」である。
本来なら助さん格さんが最初に言うので「お?」と思った。
もちろん役人の後に続いて助さん格さんが「静まれい!」といって「この紋所が目に入らぬか!」と葵の紋が入った印籠を悪漢に見せつけると平伏してしまうのである。後から登場した役人はと刺股に白たすき掛けも跪く。その後、黄門さまが悪事をとうとうと述べて怒って叱りつけるのだが、相当の悪事だったらしくいつもより激しい口調。そしていつもだったらここで終わり、なのだがスペシャルらしく役人に向かって黄門様が「縄を打て!」と命じる。役人は「はは!」と平伏し部下に指示する。悪大名と悪商人は刺股で首を押さえつけられ縄を巻かれるという出血大サービスである。
後は黄門様のいつもの高笑い一件落着、めでたしめでたし。
さて90分スペシャルらしく黄門様一行は紀州藩の城に招かれる。
そこで一行が歓待を受けると思いきや意外な展開だった。紀州の殿様が黄門様に向かって頭を垂れているのである。もちろん両手を畳に付いて。
そこで黄門様は穏やかな口調ながら殿様に、悪事が起こった事を叱るのである。このような悪事を見抜けず防げなかったのは政を幕府から預かるお主の責任だと。そして民あっての藩であり徳川家の幕府である、と説くのである。
現代日本の為政者に対して、黄門様のように厳しく叱りつける人は居るのかな? と思った出来事でした。
あらすじを書くと、水戸藩主・徳川光圀が隠居して水戸光圀と呼ばれるようになり、素性を隠しお供を連れて諸国を漫遊し、行く先々で遭遇する悪大名と悪商人の癒着や収賄を暴いて退治するという勧善懲悪の娯楽時代劇である。知っている人も居ると思うが東映なのでアクションや音楽は特撮譲りだったりするのでこれもまた痛快さを増す。
今日はたまたま、母が録画した二代目黄門さま、西村晃のを見ていてやはり脚本も演出も良いのでついつい一緒に最後まで見てしまった。
舞台は「暴れん坊将軍」こと徳川吉宗を送り出した御三家の紀州でしかも90分スペシャルだった。お供の助さん格さんに八兵衛、風車の弥七に由美かおる(役名はお銀だが何故か俳優名でしか呼ばれない(苦笑))らのレギュラー陣に加えエキストラも豪華キャストだ。
それで悪大名と悪商人を毎度毎度懲らしめて最後に葵の紋の印籠を出し、素性を明かすと悪漢は平服して一件落着、めでたしめでたしで終わるのが普通なのだが今日見た話しはちょっと違っていた。
悪大名とその部下を助さん格さん、弥七に由美かおる(笑)が懲らしめて、そろそろ印籠の登場かなと思ったら、突然、白たすき掛けに刺股を手にした数人の男たちを引き連れた役人が登場したしのだ。そしてその役人が「静まれ、静まれ、静まれい!」である。
本来なら助さん格さんが最初に言うので「お?」と思った。
もちろん役人の後に続いて助さん格さんが「静まれい!」といって「この紋所が目に入らぬか!」と葵の紋が入った印籠を悪漢に見せつけると平伏してしまうのである。後から登場した役人はと刺股に白たすき掛けも跪く。その後、黄門さまが悪事をとうとうと述べて怒って叱りつけるのだが、相当の悪事だったらしくいつもより激しい口調。そしていつもだったらここで終わり、なのだがスペシャルらしく役人に向かって黄門様が「縄を打て!」と命じる。役人は「はは!」と平伏し部下に指示する。悪大名と悪商人は刺股で首を押さえつけられ縄を巻かれるという出血大サービスである。
後は黄門様のいつもの高笑い一件落着、めでたしめでたし。
さて90分スペシャルらしく黄門様一行は紀州藩の城に招かれる。
そこで一行が歓待を受けると思いきや意外な展開だった。紀州の殿様が黄門様に向かって頭を垂れているのである。もちろん両手を畳に付いて。
そこで黄門様は穏やかな口調ながら殿様に、悪事が起こった事を叱るのである。このような悪事を見抜けず防げなかったのは政を幕府から預かるお主の責任だと。そして民あっての藩であり徳川家の幕府である、と説くのである。
現代日本の為政者に対して、黄門様のように厳しく叱りつける人は居るのかな? と思った出来事でした。
タグ:水戸のご老公
2019年11月26日
高度な妥協点
まだまだSNS上では「フェミニスト」と「オタク」の戦いが続いているようです。
この構図を判り易くする為、自動車レース、F1に例えてみたいと思います。
F1マシンを一目見た時、一際目に付くモノが有ると思います。それはマシンの前と後にある「翼」です。これは飛行機の翼をひっくり返した様なモノで下向きの力を発生しマシンを路面に押しつけます。
何故この様なモノが必要かというと、マシンは軽い方が有利だからです。しかし重量が軽すぎるとコーナー(曲線、カーブ)をうまく曲がれません。そこで空気の力を借りて下向きの力を得ようという訳です。
しかしここで問題が発生します。
翼の角度を急にすればする程、下向きの大きな力が得られます。ところが下向きの力が大き過ぎるため、直線のスピードが落ちます。これでは他のマシンに抜かれてしまいます。これを逆にしてみましょう。直線のスピードは速くなります。ですがコーナーを曲がる時のスピードは落とさざるを得ません。無理に曲がろうとするとスピンしてしまいます。
ではどの様にして速いマシンを作り上げるのでしょうか? これは実に難しい問題です。
サスペンションを見直しタイヤを見直しエンジンを見直しetcあらゆるコンポーネンツを精査していきます。もちろん、翼も例外ではありません。コーナーを速く回る事が出来、且つ直線が速い角度を見つけ出し最適なセッティングを見出します。
これが「高度な妥協点」なのです。
どのコンポーネンツも数ミリの狂いと許されません。
ところがレースは千変万化。燃料が減って重量は変わりますし、タイヤのグリップも落ちます。コースは汚れて思う様な運転が出来ません。
マシンを本に例えるとどうでしょう?
実はマシンには直線が得意なのもあればコーナーが得意なものがあります。それらを最も速く走らすにはどうしたらいいでしょう?
本は文化です。速ければ速い程、最先端を行く、と考えるならば最適ならセッティングを見出さなければなりません。
ところがチーム内(国内)がバラバラで「絶対に翼を立てた柔らかいタイヤで行くべきだ」「違う、翼を立てず硬いタイヤで行った方がいい」と正反対の意見が対立すればドライバー(読者)は困ってしまいます。
ここで気付いた方が居るかも知れません。
セッティングをどうするのか、の最終決定権はドライバー(読者)にあるのです。マシンを作るのが作者、ある程度のセッティングとレース戦略を決めるのが編集者、と考えるのが妥当でしょう。
こうして高度な妥協点を見出します。ドライバー(読者)は気持ち良く速く走って優勝できます。
つまり、今の両者の中で最も欠けているのは、実は読者ではないでしょうか。
2019年11月24日
東京オリンピックとコミックマーケット会場問題
今更な感もありますが、備忘録的に書いておきたいと思います。
まずオリンピックは国内で候補地を募り、その内の1つの都市を選んでIOCへ立候補します。2020年のオリンピックでの国内候補地は札幌、福岡、東京の3つでした。その中の札幌は財政問題を理由に立候補が見送りになり、福岡と東京の絞られる事になりました。
プランとしては両者ともコンパクト五輪を目指していていました。福岡のプランは10q圏内に既存の施設の50%と利用し競技場、選手村を集約させるという魅力的なものでした。東京も似たようなプランで既存の施設を改修して利用し選手村や会場もコンパクトに収めることを前提としていました。
しかし福岡では用地買収の難しさ、市職員の不祥事、予算の確保の仕方などで劣勢に立たされました。最終的には2者での投票の結果、東京がIOCへの立候補地に決まりました。実はこの時「なんでまた東京なのか? 開催した事のない福岡の方が良いのではないか?」という声が有りました。
ともかく国内候補地が東京に決まりIOC総会で選ばれました。
実は私はこの時まで、東京がオリンピック招致へ動いている事すら知りませんでした。また決まった後のニュースでも繰り返し「コンパクト五輪」と言っていたので憂慮してはいませんでした。
さて、今では問題山積の2020東京オリンピックですがコミックマーケットや各種イベント(ビジネスイベントも含む)での会場問題に焦点を充ててドタバタ振りを記していきたいと思います。
会場問題の発端はプレスセンターでした。
プレスセンターは世界各国のメディアが集まり即席のテレビスタジオを作ったり通信インフラが必要なので意外と高度な要件が求められます。ですので一口に「既存の施設を利用する」というのは難しかったのです。現在では光通信はもとより人工衛星でのデータのやり取りが主流ですから仮設するにしてもそれなり規模が必要でした。
最初に候補地になったのは築地市場跡でした。予定では豊洲に市場が移りますし電源などの確保も容易なためです。ところがご存知の方は多いと思いますが豊洲市場の工期の遅れと汚染水問題で築地から豊洲への移転は伸び伸びになってしまい計画を立てる事が困難になってしまいました。
さてどうしましょう。五輪にプレスセンターは外せません。しかしそれなりの広さが必要です。次に候補に上がったのは臨海地区の青海に仮設施設を作る、というモノでした。なるほど、ここは用地を十分確保できるし交通の便も悪くないので良いのではないか? となりました。しかし肝心の電源などにインフラの確保が困難な事がなりました。
そこで振って湧いたのが「東京ビッグサイトの東地区を改修して利用」でした。
寝耳に水なのは各種イベンターでした。
というのも、ビッグサイト東地区だけでもイベント会場の床面積は国内で最も広く、替えが利かないのです。それにただ広いだけではなく、単純に会場面積だけみても国内でかなりの割合を占めます。それにプレスセンターとして使うのには広すぎるのです。
この辺りで会場問題がにわかに知れ渡り反対運動が起こります。しかし行政の悪い癖で(と片付けるのにはあまりにお粗末ですが)覆りませんでした。
決まった事は仕方ありません。さてどうしよう、と各イベンターは考えます。ビッグサイト規模の会場は国内に中々有りません。そこで一部のビジネスイベントは海外へ行きます。上海や台湾、東南アジアなどです。そこで開催すると意外な効果が有りました。東南アジアは「市場」なのでビジネスがビッグサイトより便利だったのです。これらのイベントは国内に帰ってくることはまず無いでしょう。という事はビッグサイトに戻ってこない為、収益が悪化する恐れがあります。盲点でした。
話をコミックマーケットに戻しましょう。
コミケットスペシャルというイベントが5年に一回開催されます。準備会の気紛れで(笑)会場や普段のコミックマーケットではできない色々な企画を行うイベントです。これには様々テストも実は含まれています。例えばコスプレでの長物規制の緩和、会場内でのデリバリーなどがそうです。
2015年3月28日・29日に悪名高き幕張メッセで「コミケットスペシャル6 OTAKU SUMMIT 2015」という名目で開かれます。この時の主なテストは幕張メッセでコミックマーケットが再び開催できるのか? というでした。スペシャルはまずます成功裡終わりこれなら行けるだろう、という事になりました。
ところがところが、千葉県が「幕張メッセを是非オリンピックの会場に。フェンシングなどいかがですか?」と何の脈絡も無く突然名乗りを上げます。さあ困った。幕張メッセも使えません。床面積は減るばかりです。
そこで持ち上がったのが青海にビッグサイトの仮設展示場を作る、というプランでした。一斉に上がった声は「だったら最初から青海にプレスセンターを作ればいいじゃないか」当然ですよね。強力な空調設備もありますし電源などのインフラも十分確保できている訳ですから。
しかしビッグサイトでは辛くも南ホールの増築が終わりました。
実はこれが物凄くタイトで6月末に完成、ビッグサイトへ引き渡し、7月上旬から利用開始というモノでした。ここで気付いた方が居るかも知れません。夏コミ(C96)の当落発表の時に南ホールは未完成だったのです。そこで図面と建設中の視察を参考にしてサークル配置をしたという、前代未聞の綱渡りをしたのでした。
そして現在のコミックマーケットによるビッグサイト利用があるのですが、まあ、振り回されました。しかし来年冬コミは東ホールが使えるようになるので東、西、南の全館使用という史上最大のコミックマーケットになります。
それを楽しみに待ちましょうか。
まずオリンピックは国内で候補地を募り、その内の1つの都市を選んでIOCへ立候補します。2020年のオリンピックでの国内候補地は札幌、福岡、東京の3つでした。その中の札幌は財政問題を理由に立候補が見送りになり、福岡と東京の絞られる事になりました。
プランとしては両者ともコンパクト五輪を目指していていました。福岡のプランは10q圏内に既存の施設の50%と利用し競技場、選手村を集約させるという魅力的なものでした。東京も似たようなプランで既存の施設を改修して利用し選手村や会場もコンパクトに収めることを前提としていました。
しかし福岡では用地買収の難しさ、市職員の不祥事、予算の確保の仕方などで劣勢に立たされました。最終的には2者での投票の結果、東京がIOCへの立候補地に決まりました。実はこの時「なんでまた東京なのか? 開催した事のない福岡の方が良いのではないか?」という声が有りました。
ともかく国内候補地が東京に決まりIOC総会で選ばれました。
実は私はこの時まで、東京がオリンピック招致へ動いている事すら知りませんでした。また決まった後のニュースでも繰り返し「コンパクト五輪」と言っていたので憂慮してはいませんでした。
さて、今では問題山積の2020東京オリンピックですがコミックマーケットや各種イベント(ビジネスイベントも含む)での会場問題に焦点を充ててドタバタ振りを記していきたいと思います。
会場問題の発端はプレスセンターでした。
プレスセンターは世界各国のメディアが集まり即席のテレビスタジオを作ったり通信インフラが必要なので意外と高度な要件が求められます。ですので一口に「既存の施設を利用する」というのは難しかったのです。現在では光通信はもとより人工衛星でのデータのやり取りが主流ですから仮設するにしてもそれなり規模が必要でした。
最初に候補地になったのは築地市場跡でした。予定では豊洲に市場が移りますし電源などの確保も容易なためです。ところがご存知の方は多いと思いますが豊洲市場の工期の遅れと汚染水問題で築地から豊洲への移転は伸び伸びになってしまい計画を立てる事が困難になってしまいました。
さてどうしましょう。五輪にプレスセンターは外せません。しかしそれなりの広さが必要です。次に候補に上がったのは臨海地区の青海に仮設施設を作る、というモノでした。なるほど、ここは用地を十分確保できるし交通の便も悪くないので良いのではないか? となりました。しかし肝心の電源などにインフラの確保が困難な事がなりました。
そこで振って湧いたのが「東京ビッグサイトの東地区を改修して利用」でした。
寝耳に水なのは各種イベンターでした。
というのも、ビッグサイト東地区だけでもイベント会場の床面積は国内で最も広く、替えが利かないのです。それにただ広いだけではなく、単純に会場面積だけみても国内でかなりの割合を占めます。それにプレスセンターとして使うのには広すぎるのです。
この辺りで会場問題がにわかに知れ渡り反対運動が起こります。しかし行政の悪い癖で(と片付けるのにはあまりにお粗末ですが)覆りませんでした。
決まった事は仕方ありません。さてどうしよう、と各イベンターは考えます。ビッグサイト規模の会場は国内に中々有りません。そこで一部のビジネスイベントは海外へ行きます。上海や台湾、東南アジアなどです。そこで開催すると意外な効果が有りました。東南アジアは「市場」なのでビジネスがビッグサイトより便利だったのです。これらのイベントは国内に帰ってくることはまず無いでしょう。という事はビッグサイトに戻ってこない為、収益が悪化する恐れがあります。盲点でした。
話をコミックマーケットに戻しましょう。
コミケットスペシャルというイベントが5年に一回開催されます。準備会の気紛れで(笑)会場や普段のコミックマーケットではできない色々な企画を行うイベントです。これには様々テストも実は含まれています。例えばコスプレでの長物規制の緩和、会場内でのデリバリーなどがそうです。
2015年3月28日・29日に悪名高き幕張メッセで「コミケットスペシャル6 OTAKU SUMMIT 2015」という名目で開かれます。この時の主なテストは幕張メッセでコミックマーケットが再び開催できるのか? というでした。スペシャルはまずます成功裡終わりこれなら行けるだろう、という事になりました。
ところがところが、千葉県が「幕張メッセを是非オリンピックの会場に。フェンシングなどいかがですか?」と何の脈絡も無く突然名乗りを上げます。さあ困った。幕張メッセも使えません。床面積は減るばかりです。
そこで持ち上がったのが青海にビッグサイトの仮設展示場を作る、というプランでした。一斉に上がった声は「だったら最初から青海にプレスセンターを作ればいいじゃないか」当然ですよね。強力な空調設備もありますし電源などのインフラも十分確保できている訳ですから。
しかしビッグサイトでは辛くも南ホールの増築が終わりました。
実はこれが物凄くタイトで6月末に完成、ビッグサイトへ引き渡し、7月上旬から利用開始というモノでした。ここで気付いた方が居るかも知れません。夏コミ(C96)の当落発表の時に南ホールは未完成だったのです。そこで図面と建設中の視察を参考にしてサークル配置をしたという、前代未聞の綱渡りをしたのでした。
そして現在のコミックマーケットによるビッグサイト利用があるのですが、まあ、振り回されました。しかし来年冬コミは東ホールが使えるようになるので東、西、南の全館使用という史上最大のコミックマーケットになります。
それを楽しみに待ちましょうか。
2019年11月21日
主観と客観とフェミニズム
さて、このようなタイトルで社会的なブログを取り纏めるのは初めてかも知れません。それは昨今、SNSを賑わしている「表現の自由」と「女性の人権」に興味を持ち、自分なりに考察してみようと思い立ったからです。「表現の自由」は同人誌活動に嫌が上でも絡んできますからね。また、どちらか一方を攻撃しようとする意図は有りません。
本題に入る前に自分の出自を書いていた方が判り易いかと思います。
私は四年制大学の新聞学科の卒業です。あまり聞きなれない学科ですけど、大雑把にいうと「メディアの機能や役割、構造の基礎を学ぶ」といった感じでしょうか。
まず主観と客観について述べたいと思います。
報道について「バイアスがかかっている」という意見が有ります。もちろん報道には公正、公平さが求められます。ですが実は客観報道は本来「あり得ない」のです。
これは従来の公平公正な報道を否定するものではありません。そこで「客観」というモノに考えてみたいと思います。
「客観」とは何でしょう? 広辞苑によれば「主観の作用とは独立に存在すると考えられたもの」と記述されています。また「主観の認識および行動の対象となるもの」とも有ります。一般的な「客観」に認識は前者だと思います。しかし実際は後者の方が近いのです。
ちょっと勘の良い方なら「なる程」と思われるでしょう。ある物事を伝えるのには良しにつけ悪しきにつけ人間の目を通さざるを得ません。その時点で「客観」ではなくなります。何故ならその人の目を通った「主観」になるからです。
すなわち「客観」は「あり得ない」のです。
では「表現の自由」と「女性の人権」について話を戻しましょう。
「表現の自由」は日本ではどのように規定されているのでしょうか?
憲法第二十一条では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とあります。
検閲とは事前検閲の事を主に差しています。事前検閲というのは出版でいうと本が世に出る前に主に公的機関などが事前に内容を確認する事です。事前検閲の問題点は公的機関などが内容を予め知る事で不都合、不利益な部分を訂正、削除できることです。では事後検閲は? 同じく出版した本を検閲して不都合なら「不適切」として回収できます。これでは「表現の自由」が守れません。通信の秘密も同様です。
では先程述べた「客観はあり得ない」とどう繋がってくるのでしょうか?
「成人指定本」を例に取り上げてみましょう。
「成人指定本」は主に性的内容を強く含む本で「未成年が読むのには相応しくない」とされる本です。では誰が「未成年が読むのには相応しくない」と規定するのでしょうか? 実は統一されたガイドラインは存在しないのです。各出版社、各書店、各同人誌イベントによって違います。
一応、最高裁の判例では「いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」と有ります。
ここでいう「普通人」とは何でしょう? 「正常な性的羞恥心」とは何でしょう? 「善良な性的道義観念」とは何でしょう? 別に判例を批判するつもりは有りませんが「客観的」に見て具体的に規定できるでしょうか? 勿論、最高裁は法に従い極めて公正に判決を下したと思います。しかしこれらをどのように解釈するかは「主観」なのです。
「女性の人権」について述べたいと思います。
まず「フェミニズム」とは何でしょう? 広辞苑には「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」と有ります。
すなわち近代まで男性が優位を占めていた権利「参政権」「選挙の投票」などは女性にも同等の権利がある、という主張です。お大雑把に言えば社会的にも同等の権利、例えば職種、女性の伝統的役割から解放する、というモノです。
簡単に言えば「男女同権」を目指す運動であり思想です。
フェミニズムがSNSを騒がせている問題はなんでしょうか?
簡単に言ってしまえば「男女同権」を目指しているのに「男性の権利」ばかり「女性の権利を以って」侵されていると捉えられているからではないでしょうか。
成人指定される漫画、小説の大部分は女性を性的対象と見た男性向けと捉えられ自主規制によってゾーニングされています。これは同権をもった「女性」が不快感を抱かないようにする自主的な配慮です。
では女性向けのティーンズラヴやボーイズラヴはどうでしょう? 同権を持った「男性」の中には不快感を抱く人がいるかも知れません。しかし書店では明確なゾーニングは殆どありません。これを「女性」どのように捉えるのでしょう?
昨今、世間を賑わせた献血ポスターが「勝手に目に入るからセクハラである」という主張は、ある部分ではあっているかも知れません。しかしレディースの下着の広告はどうなのでしょう? 「男性」も「見たくもない半裸の女性が勝手に目に入ってくる」のです。しかし最近のフェミニズムではこれを「是」しません。
冒頭に「客観はあり得ない」と述べました。つまり「主観」によってしか判断できないのです。ですが「客観」に近づける努力は出来ます。
「男性」の感性と「女性」の感性には相容れない部分もあります。ですが歩み寄る事は出来る筈です。
一方的で攻撃的な主張をお互いに繰り返すのは不毛に思えてなりません。
また、それらによって個人の影響力を大きくしよう、などいう考えは滑稽だと思います。
本題に入る前に自分の出自を書いていた方が判り易いかと思います。
私は四年制大学の新聞学科の卒業です。あまり聞きなれない学科ですけど、大雑把にいうと「メディアの機能や役割、構造の基礎を学ぶ」といった感じでしょうか。
まず主観と客観について述べたいと思います。
報道について「バイアスがかかっている」という意見が有ります。もちろん報道には公正、公平さが求められます。ですが実は客観報道は本来「あり得ない」のです。
これは従来の公平公正な報道を否定するものではありません。そこで「客観」というモノに考えてみたいと思います。
「客観」とは何でしょう? 広辞苑によれば「主観の作用とは独立に存在すると考えられたもの」と記述されています。また「主観の認識および行動の対象となるもの」とも有ります。一般的な「客観」に認識は前者だと思います。しかし実際は後者の方が近いのです。
ちょっと勘の良い方なら「なる程」と思われるでしょう。ある物事を伝えるのには良しにつけ悪しきにつけ人間の目を通さざるを得ません。その時点で「客観」ではなくなります。何故ならその人の目を通った「主観」になるからです。
すなわち「客観」は「あり得ない」のです。
では「表現の自由」と「女性の人権」について話を戻しましょう。
「表現の自由」は日本ではどのように規定されているのでしょうか?
憲法第二十一条では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とあります。
検閲とは事前検閲の事を主に差しています。事前検閲というのは出版でいうと本が世に出る前に主に公的機関などが事前に内容を確認する事です。事前検閲の問題点は公的機関などが内容を予め知る事で不都合、不利益な部分を訂正、削除できることです。では事後検閲は? 同じく出版した本を検閲して不都合なら「不適切」として回収できます。これでは「表現の自由」が守れません。通信の秘密も同様です。
では先程述べた「客観はあり得ない」とどう繋がってくるのでしょうか?
「成人指定本」を例に取り上げてみましょう。
「成人指定本」は主に性的内容を強く含む本で「未成年が読むのには相応しくない」とされる本です。では誰が「未成年が読むのには相応しくない」と規定するのでしょうか? 実は統一されたガイドラインは存在しないのです。各出版社、各書店、各同人誌イベントによって違います。
一応、最高裁の判例では「いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ,かつ,普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」と有ります。
ここでいう「普通人」とは何でしょう? 「正常な性的羞恥心」とは何でしょう? 「善良な性的道義観念」とは何でしょう? 別に判例を批判するつもりは有りませんが「客観的」に見て具体的に規定できるでしょうか? 勿論、最高裁は法に従い極めて公正に判決を下したと思います。しかしこれらをどのように解釈するかは「主観」なのです。
「女性の人権」について述べたいと思います。
まず「フェミニズム」とは何でしょう? 広辞苑には「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」と有ります。
すなわち近代まで男性が優位を占めていた権利「参政権」「選挙の投票」などは女性にも同等の権利がある、という主張です。お大雑把に言えば社会的にも同等の権利、例えば職種、女性の伝統的役割から解放する、というモノです。
簡単に言えば「男女同権」を目指す運動であり思想です。
フェミニズムがSNSを騒がせている問題はなんでしょうか?
簡単に言ってしまえば「男女同権」を目指しているのに「男性の権利」ばかり「女性の権利を以って」侵されていると捉えられているからではないでしょうか。
成人指定される漫画、小説の大部分は女性を性的対象と見た男性向けと捉えられ自主規制によってゾーニングされています。これは同権をもった「女性」が不快感を抱かないようにする自主的な配慮です。
では女性向けのティーンズラヴやボーイズラヴはどうでしょう? 同権を持った「男性」の中には不快感を抱く人がいるかも知れません。しかし書店では明確なゾーニングは殆どありません。これを「女性」どのように捉えるのでしょう?
昨今、世間を賑わせた献血ポスターが「勝手に目に入るからセクハラである」という主張は、ある部分ではあっているかも知れません。しかしレディースの下着の広告はどうなのでしょう? 「男性」も「見たくもない半裸の女性が勝手に目に入ってくる」のです。しかし最近のフェミニズムではこれを「是」しません。
冒頭に「客観はあり得ない」と述べました。つまり「主観」によってしか判断できないのです。ですが「客観」に近づける努力は出来ます。
「男性」の感性と「女性」の感性には相容れない部分もあります。ですが歩み寄る事は出来る筈です。
一方的で攻撃的な主張をお互いに繰り返すのは不毛に思えてなりません。
また、それらによって個人の影響力を大きくしよう、などいう考えは滑稽だと思います。
2019年11月05日
稲垣啓太は笑わない-ラグビーW杯
今日は自分にしては珍しくどうしても見たいバラエティ番組があった。
それは「ラグビーW杯代表選手の素顔を掘り下げる」みたいな内容で良く知らないラグビー選手の事を知りたかったからだ。これまで観てきた番組はドキュメント系が主で、如何にハードな練習を積んできたか、どんな軌跡を辿ってきたか、というのばかりで「柔らかい」モノは無かったからだ。
番組は司会がタレントを仲立ちして選手へ振る、という、言ってみれば良くある構成だ。番組の詳細な内容は割愛するが、特に印象的だったのはゲストの代表選手が全員「ジェントル」な対応をしていたこと。もちろんタレントのツッコミにはたじたじになる場面もあるし(名誉の為に、稲垣選手は笑わない)ツッコミで笑う場面もあるし(稲垣選手は笑わない)過去の映像や、オフショットで苦笑したり(稲垣選手は笑わない)、恥ずかしがったり(稲垣選手は笑わない)、裏話で勘弁してくれ(稲垣選手は笑わない)なのだが、とかく、この手のバラエティだと収拾がつかない感じがあるので、あまり楽しめ無かったのもその理由のひとつだ。
この番組もそうなって興醒めしてしまうのかな、と思いきや、ゲストの選手の対応が笑いながらも(稲垣選手は笑わない)常にジェントルな受け答えをしていたので、終始、軸がブレず、最後まで楽しめた。
自分はいわゆる「にわか」ファンだ。
ラグビーW杯が日本で開催されるのは知っていたが、正直ルールも良く判らないし、試合も通して見た事はない。せいぜい「ブライトンの奇跡」が記憶の片隅にある位だ。
ところがTVを通して実際に試合を見てみると、ただの肉体のぶつかり合いだと思っていたのが、放送中のルール解説も親切だったこともあって、予想以上に戦略的で、緻密で、あのハードなプレイの中でクレバーさを保たないといけないという事に気付いて、俄然、面白さを感じ、日本代表の快進撃もあって、すっかり虜になってしまった。
そして試合中にかなりエキサイトして小突き合いがあっても、ノーサイドになると相手を讃え合う。負けたチームの選手は相当悔しいに違いない。それでもジェントルな態度を崩さない事に感銘を受けた。
番組の事に話は戻るが、ピッチの外でもその態度が崩れないのは、そのような精神がラグビーというスポーツに根付いているからなのでは無いかと、そう思った。
それは「ラグビーW杯代表選手の素顔を掘り下げる」みたいな内容で良く知らないラグビー選手の事を知りたかったからだ。これまで観てきた番組はドキュメント系が主で、如何にハードな練習を積んできたか、どんな軌跡を辿ってきたか、というのばかりで「柔らかい」モノは無かったからだ。
番組は司会がタレントを仲立ちして選手へ振る、という、言ってみれば良くある構成だ。番組の詳細な内容は割愛するが、特に印象的だったのはゲストの代表選手が全員「ジェントル」な対応をしていたこと。もちろんタレントのツッコミにはたじたじになる場面もあるし(名誉の為に、稲垣選手は笑わない)ツッコミで笑う場面もあるし(稲垣選手は笑わない)過去の映像や、オフショットで苦笑したり(稲垣選手は笑わない)、恥ずかしがったり(稲垣選手は笑わない)、裏話で勘弁してくれ(稲垣選手は笑わない)なのだが、とかく、この手のバラエティだと収拾がつかない感じがあるので、あまり楽しめ無かったのもその理由のひとつだ。
この番組もそうなって興醒めしてしまうのかな、と思いきや、ゲストの選手の対応が笑いながらも(稲垣選手は笑わない)常にジェントルな受け答えをしていたので、終始、軸がブレず、最後まで楽しめた。
自分はいわゆる「にわか」ファンだ。
ラグビーW杯が日本で開催されるのは知っていたが、正直ルールも良く判らないし、試合も通して見た事はない。せいぜい「ブライトンの奇跡」が記憶の片隅にある位だ。
ところがTVを通して実際に試合を見てみると、ただの肉体のぶつかり合いだと思っていたのが、放送中のルール解説も親切だったこともあって、予想以上に戦略的で、緻密で、あのハードなプレイの中でクレバーさを保たないといけないという事に気付いて、俄然、面白さを感じ、日本代表の快進撃もあって、すっかり虜になってしまった。
そして試合中にかなりエキサイトして小突き合いがあっても、ノーサイドになると相手を讃え合う。負けたチームの選手は相当悔しいに違いない。それでもジェントルな態度を崩さない事に感銘を受けた。
番組の事に話は戻るが、ピッチの外でもその態度が崩れないのは、そのような精神がラグビーというスポーツに根付いているからなのでは無いかと、そう思った。
タグ:ラグビーW杯
2019年08月14日
コミックマーケット96御礼とレポート
この度はコミックマーケット96、夏コミに於きまして、当サークル「Eau Rouge(オールージュ」に酷暑の中、沢山の方々にお足を運んでいただき、誠にありがとうございます。
新刊「Promise」「I'm Free」ともに順調に頒布できて感謝いたします。お楽しみ頂ければ幸いです。
尚「コミケで入手できなかった!」という方には、とらのあなで委託通販を行っていますので、そちらをご利用ください。
「Promise」
https://ec.toranoana.shop/tora/ec/item/040030753281
「I'm Free」
https://ec.toranoana.jp/tora_r/ec/item/040030753282
さてさて、ここからはコミックマーケット96のレポートになります。4日間、全日程制覇しました!
1日目
売り子の手伝いでサークル入場の筈が大渋滞で間に合わず一般入場に。到着して待機列に並びますが、この列がお台場のガンダムまで伸びているという……陽射しも刺すように厳しいので堪らずいつものスーパーヴェローチェへ避難。列が捌けるのを待ちます。
結局、開場へ入場したのは11時過ぎ。サークルさんには平謝りでしたが、渋滞はとにかく酷く遅刻サークルが多数との事。明日、自分のサークルがある、という事でお言葉に甘えて2時には撤退。しかし暑い!
2日目
本番です! 売り子は矢崎屋さん(@yazakiya)とdaltoさん(@dalto)にお願いしました。ゲンドウのコスプレをするのですが、これが大変でした。まず、衣装のに取り付けているグルーが溶けて外れる。付け髭を留めている付けまつげ用のグルーが溶けて外れる。いずれも暑さと会場内の湿気の所為。後で強力で湿気に強いグルーを読者さんから教えていただき次回冬コミにはリベンジしたいです。
そして娘(笑)の由依さん(@AsahiKohaku_cos)にまっくん@大佐(@NewSuperMax)とも無事邂逅。
売れ行きはそこそこでしたが、人が退けるのが予想以上に早い。2時を過ぎると撤収するサークルが大部分。お隣の道楽屋本舗さん、また隣のSABO-Pさんのベテラン勢(笑)3サークルだけが閉会の4時まで残り周りは居ないという光景が繰り広げられました。
打ち上げは上野で。楽しい一時でした。ホテルに戻りバスタブにゆっくり浸って至福の時を過ごしました。
3日目
知人の手伝いでサークル入場。
しかしシャッターサークルを頼まれ居たので並びに行きますがこれが炎天下。無事に本は入手できましたが問題はその後。知人のサークル(男性向け)に挨拶しようと西1ホールに突入しましたが、とりあえずトラックヤードへ芋洗い状態で誘導されました。ところがトラックヤードはシャッター列が形成されており身動きが取れません。それでも後から誘導された人が押し寄せてきます。西のトラックヤードは東の半分も無いのでこうなるのは当たり前。東京オリンピックのバカヤロー! です。
酷暑の所為で体力の消耗が激しいのでサークル主宰にお願いし早めに撤退。とにかく暑さにやられている感じです。
4日目
いよいよ未知の領域に突入です。
知人の手伝いでサークル入場。しかし意外な展開で「売り子はいいから好きに周って良いよ」との事で自由に周ります。南ホールは噂通り西に比べると天国のように涼しく快適でした。南で買い物を済ませるとスターバックスコーヒーへ。ここが冷房が寒すぎるくらいに利いて快適。そこで昼食を済ませしばらく体力を回復させていました。
その後は防災公園へコスプレ見学です。実は防災フェアへ行くのは初めてでこのロケーションならコスプレを存分に楽しめるなーと関心。いつかはコスプレして行きたいです。
閉会は鉄道島で恒例の三本手締めと万歳三唱。回を重ねる毎に人数が増えているようです。
打ち上げは焼き肉。美味しゅうございました。
次回冬コミ「コミックマーケット97」
サークルカットは稲村衣麻さん(@n0lilica97)
カヲル×アスカのエッティので逝きます!
そんなコミックマーケット96でした。
参加された皆様、本当にお疲れさまでした!
コミックマーケット97で再びお会いしましょう!
2019年08月06日
渡辺美里 ニューアルバム「iD」
令和になって最初の更新です(笑)
渡辺美里のニューアルバム「iD」が発売され手元に届きました。
中学生の頃からファンです。
判る方には判ってしまうかもしれませんが、当サークル「Eau Rouge(オールージュ)」から出ている同人誌のタイトルは=渡辺美里の楽曲のタイトルだったりします。
ファンになった理由は、人生の折々につけて曲に勇気づけられたり、励まされたり、慰められたりしたからです。
最初の出会いは「My Revolution」中学2年の時、登校拒否の時で回りが真っ暗で何も見えない中、一筋の光を見ました。
次に高校で「夏が来た!」青春を満喫。
大学に入って「いつか きっと」鬱が発症し破れかぶれでしたが、自分ひとりじゃない、と気付かされました。
フリーライターとして活動しはじめた時は大学卒業直後に「MY LOVE YOUR LOVE」先行きが不安でしたが確かな一歩を踏みだせました。
ハイライトは2005年の西武ドームのV20ライブ。
確かライターを辞めた直後で試行錯誤している時期でした。あの時は本当に勇気づけられました。
という具合に、本当に折々につけて励まされてきました。とかくどの曲の歌詞に出てくる「ひとりじゃない」という点が琴線に触れます。それと「もっと人生を楽しもう」という処も好きです。
先日、ライター時代の仲間が亡くなり、見送ってきました。
渡辺美里が歌うように、一人じゃないし、人生を十分楽しんだ、そう思います。
渡辺美里のニューアルバム「iD」が発売され手元に届きました。
中学生の頃からファンです。
判る方には判ってしまうかもしれませんが、当サークル「Eau Rouge(オールージュ)」から出ている同人誌のタイトルは=渡辺美里の楽曲のタイトルだったりします。
ファンになった理由は、人生の折々につけて曲に勇気づけられたり、励まされたり、慰められたりしたからです。
最初の出会いは「My Revolution」中学2年の時、登校拒否の時で回りが真っ暗で何も見えない中、一筋の光を見ました。
次に高校で「夏が来た!」青春を満喫。
大学に入って「いつか きっと」鬱が発症し破れかぶれでしたが、自分ひとりじゃない、と気付かされました。
フリーライターとして活動しはじめた時は大学卒業直後に「MY LOVE YOUR LOVE」先行きが不安でしたが確かな一歩を踏みだせました。
ハイライトは2005年の西武ドームのV20ライブ。
確かライターを辞めた直後で試行錯誤している時期でした。あの時は本当に勇気づけられました。
という具合に、本当に折々につけて励まされてきました。とかくどの曲の歌詞に出てくる「ひとりじゃない」という点が琴線に触れます。それと「もっと人生を楽しもう」という処も好きです。
先日、ライター時代の仲間が亡くなり、見送ってきました。
渡辺美里が歌うように、一人じゃないし、人生を十分楽しんだ、そう思います。
2019年04月30日
平成最後の日に
いよいよ今日、平成が終わりを告げます。
そこで、どうしても書き残しておきたい事があります。
それは「氷河期世代」です。
私は1974年生まれなので氷河期世代の走りに当たります。そういう我々世代は「勉強に励め」「努力を続けろ」「慢心するな」というような教育を幼年から受けてきました。もちろん間違ってはいないと思います。
平成が始まったのは私が中学2年の3学期の事でした。
その後、高校受験者数歴代1位、大学受験者数歴代1位と団塊ジュニア世代なので常にそんな「歴代1位」が付きました。高校はマンモス校でしたが1クラス50名以上で且つ1学年18クラスもあったんです。
高校受験に合格し大学受験も付属校だったので推薦で入る事が出来ました。無論、勉強に励み努力してなんとか勝ち取りました。そして大学に入学すると、有る出来事が待っていました。
バブル崩壊です。
今でも鮮明に覚えていることがあります。私には2つ上の兄が居るのですが、兄が大学生の頃、アルバイト情報雑誌は電話帳のように分厚いものでした。それが私が大学に入学した時には半分どころかペラペラになったのです。もちろん値段は据え置きです。当時はインターネットなどという便利なツールは有りませんし学生課に足しげく通ってアルバイトの求人票を探しました。
大学を卒業する頃になるとある出来事が周囲の関心を集めました。
就職協定の廃止です。
就職協定というのは企業と大学の紳士協定のようなもので、ある一定の時期までは就職活動は行わない、という理解で間違いないと思います。
廃止されたのは1996年(平成8年)でした。
私は1997年(平成9年)卒業でした。この就職協定が無くなった事により就職活動は大きく変わりました。つまり今まで「よーい、ドン」で就職活動を開始していたスタートラインが消えたのです。これは就職戦線に混乱をもたらしました。大学の就職課も対応が十分だったとは言えませんし、企業側もどうして良いか判らなかった感かあります。
しかし景気は急降下し企業は新卒採用を渋りました。私は出版関係を目指していましたが、出版社がバタバタと倒産していくのを目の当たりにしました。そして就職協定廃止を盾に新卒採用どころか就職活動を一切受け付けない会社が大多数ありました。今でも覚えているのですすが、採用人数2名の中小の会社の就職説明会に1000名以上集まったというのは序の口です。大手になると説明会を3日間に渡り毎日5回行う、という処もありました。
当然、就職できない人間が溢れます。そこで学生が取った戦略の一つに「就職留年」というのがあります。これは「新卒」という肩書を無くさない為にわざと留年して次の機会を待つ、というモノです。当時の日本企業は新卒採用に拘りました。同期にもそれを選択する人が居ました。私は学費の関係でそれを選ばずサークルのOBのつてを伝ってアルバイトの傍らフリーライターとして活動し、その間に何とか何処かの編集部に潜り込もうとか画策する事にしました。似たような選択を選んだ人も数多く居ました。
しかし現実は予想以上に厳しいモノでした。
編集部は統廃合が進み小さな編プロは大手に吸収されたり、また潰れたりしました。また当時新しいメディアだったWebに活路を見出そうと皆躍起になっていましたが、思うように対費用効果は望めず予算は年を追うごとに減りました。本の仕事とWebの仕事は減っていきました。
これは私の知る限りの状況なので間違っている処があるかも知れません。ですがその一部でこのような状況なので他の業種でも同様の事が起きていたと考えられます。
収入が生活できないレベルまで落ち込んだので私はフリーライターを廃業し派遣法が改正されたこともあり派遣社員となって製造業に就きました。他に職が無かったのです。当時、30歳で正社員など望むべくもありませんでした。
これで生活を持ち直したらライターに復帰できるかな、という淡い期待を抱きながら派遣社員として働きました。ところがさらに追い打ちがかかります。
リーマンショックです。
雇止めになりました。しかしこれは契約満了という形で巧妙に隠されました。同じ職場で働いていた同僚が次々と居なくなりやがて私の番にも回ってきました。
こうして再び職探しです。フリーライター処ではありません。半年くらいかかってどうにか製造業でパートとして仕事に有り付きやがて契約社員になりました。ですがそれですべては落ち着きませんでした。無能な上司(バブル期に入社)と折が合わず、元々病んでいたメンタルが悪化し、肩たたき的に退職せざるを得ませんでした。
そして現在に至ります。
氷河期世代は「勉強に励め」「努力を続けろ」「慢心するな」と教育されそれを続ければ何時かは報われる、そう信じてきました。ですが、事ここに至って諦めの境地になっている人は多数だと思います。
氷河期世代の誰もがトップアスリートのような強靭な肉体と精神を持っている訳ではありません。大多数は平凡で真面目で黙々と仕事をこなす良き人々です。
キャリアアップと簡単に言われますが、その梯子もずっと以前に外されていました。道は既に閉ざされているのです。
間も無く新しい時代「令和」になります。
願わくば氷河期世代の1人として、このように時代が生んだ不幸せな人間、世代を新たな時代に、作らない事を祈念するのみです。
そこで、どうしても書き残しておきたい事があります。
それは「氷河期世代」です。
私は1974年生まれなので氷河期世代の走りに当たります。そういう我々世代は「勉強に励め」「努力を続けろ」「慢心するな」というような教育を幼年から受けてきました。もちろん間違ってはいないと思います。
平成が始まったのは私が中学2年の3学期の事でした。
その後、高校受験者数歴代1位、大学受験者数歴代1位と団塊ジュニア世代なので常にそんな「歴代1位」が付きました。高校はマンモス校でしたが1クラス50名以上で且つ1学年18クラスもあったんです。
高校受験に合格し大学受験も付属校だったので推薦で入る事が出来ました。無論、勉強に励み努力してなんとか勝ち取りました。そして大学に入学すると、有る出来事が待っていました。
バブル崩壊です。
今でも鮮明に覚えていることがあります。私には2つ上の兄が居るのですが、兄が大学生の頃、アルバイト情報雑誌は電話帳のように分厚いものでした。それが私が大学に入学した時には半分どころかペラペラになったのです。もちろん値段は据え置きです。当時はインターネットなどという便利なツールは有りませんし学生課に足しげく通ってアルバイトの求人票を探しました。
大学を卒業する頃になるとある出来事が周囲の関心を集めました。
就職協定の廃止です。
就職協定というのは企業と大学の紳士協定のようなもので、ある一定の時期までは就職活動は行わない、という理解で間違いないと思います。
廃止されたのは1996年(平成8年)でした。
私は1997年(平成9年)卒業でした。この就職協定が無くなった事により就職活動は大きく変わりました。つまり今まで「よーい、ドン」で就職活動を開始していたスタートラインが消えたのです。これは就職戦線に混乱をもたらしました。大学の就職課も対応が十分だったとは言えませんし、企業側もどうして良いか判らなかった感かあります。
しかし景気は急降下し企業は新卒採用を渋りました。私は出版関係を目指していましたが、出版社がバタバタと倒産していくのを目の当たりにしました。そして就職協定廃止を盾に新卒採用どころか就職活動を一切受け付けない会社が大多数ありました。今でも覚えているのですすが、採用人数2名の中小の会社の就職説明会に1000名以上集まったというのは序の口です。大手になると説明会を3日間に渡り毎日5回行う、という処もありました。
当然、就職できない人間が溢れます。そこで学生が取った戦略の一つに「就職留年」というのがあります。これは「新卒」という肩書を無くさない為にわざと留年して次の機会を待つ、というモノです。当時の日本企業は新卒採用に拘りました。同期にもそれを選択する人が居ました。私は学費の関係でそれを選ばずサークルのOBのつてを伝ってアルバイトの傍らフリーライターとして活動し、その間に何とか何処かの編集部に潜り込もうとか画策する事にしました。似たような選択を選んだ人も数多く居ました。
しかし現実は予想以上に厳しいモノでした。
編集部は統廃合が進み小さな編プロは大手に吸収されたり、また潰れたりしました。また当時新しいメディアだったWebに活路を見出そうと皆躍起になっていましたが、思うように対費用効果は望めず予算は年を追うごとに減りました。本の仕事とWebの仕事は減っていきました。
これは私の知る限りの状況なので間違っている処があるかも知れません。ですがその一部でこのような状況なので他の業種でも同様の事が起きていたと考えられます。
収入が生活できないレベルまで落ち込んだので私はフリーライターを廃業し派遣法が改正されたこともあり派遣社員となって製造業に就きました。他に職が無かったのです。当時、30歳で正社員など望むべくもありませんでした。
これで生活を持ち直したらライターに復帰できるかな、という淡い期待を抱きながら派遣社員として働きました。ところがさらに追い打ちがかかります。
リーマンショックです。
雇止めになりました。しかしこれは契約満了という形で巧妙に隠されました。同じ職場で働いていた同僚が次々と居なくなりやがて私の番にも回ってきました。
こうして再び職探しです。フリーライター処ではありません。半年くらいかかってどうにか製造業でパートとして仕事に有り付きやがて契約社員になりました。ですがそれですべては落ち着きませんでした。無能な上司(バブル期に入社)と折が合わず、元々病んでいたメンタルが悪化し、肩たたき的に退職せざるを得ませんでした。
そして現在に至ります。
氷河期世代は「勉強に励め」「努力を続けろ」「慢心するな」と教育されそれを続ければ何時かは報われる、そう信じてきました。ですが、事ここに至って諦めの境地になっている人は多数だと思います。
氷河期世代の誰もがトップアスリートのような強靭な肉体と精神を持っている訳ではありません。大多数は平凡で真面目で黙々と仕事をこなす良き人々です。
キャリアアップと簡単に言われますが、その梯子もずっと以前に外されていました。道は既に閉ざされているのです。
間も無く新しい時代「令和」になります。
願わくば氷河期世代の1人として、このように時代が生んだ不幸せな人間、世代を新たな時代に、作らない事を祈念するのみです。